August 2020

8月はブログをお休みします。 とても大きな変化があると思うから。 自分の設定を変えたら、ブログを再開するときは、日本語ではないかも。 9月からは来年以降の雰囲気がはっきりとわかるようになっているはず。 後悔のない人生を。 私にとっては、それは、行きたい場所に行き、暮らしたい場所に暮らすことで、天命を全うするということ。 私は特定の宗教を信仰していないし、誰かが提唱するスピリチュアリティや自己啓発にも興味がないので、以下は私の理解です。 色々な考え方があるけれど。 カルマを解消するためのプログラムを決めて生まれている人もいるし、 そういう人たちを助けるというプログラムで生きている人もいる。 苦しむことには使命があるし、 得意なことや美点として働くことは、生きていくために与えられている七つ道具として、あるいは必要な経験をするためのスキルや器として与えられている。 ある地平に出るまでは、天命と全く違うことをする必要があったりもするし、 全く違うのに道が拓けて行くなら、それが導きになっていることがある。 この世界は天国と地獄の間、あるいは混在している世界。 どちらにふさわしい存在として生きる選択をするかで、その人の魂の成熟度が分かる。 人間の姿をしているけれど、人間ではない存在もいる。 どう生きていきたいのかがわからなくなっている人は、 今、あるいはこれから何をしたいのかということではなくて、 何をしようと決めて生まれてきた人生だったか、ということを思い出すと良いはず。 それが分かれば、先に伸びる道が必ず見つかる。 やり直しはないけれど、行き止まりということもない。 この先は、世界の変

29. Juli 2020 II

史実なのかな? 明日は一泊でザルツブルクへ。 トマセッリでお茶をしましょう。 あとは街を少し歩いて、ホテルに缶詰。 頭を一度空っぽにして週末からまた仕事。 必ず実現すると決めたので、必ず実現する。 当たり前だよ、と先生に話す。 誰がなんと言おうと、形勢がどうであろうとも、必ず。 ただ、お馬鹿さんではダメなのだ。 ここは、勝ちに行く。 今日も良い1日でした。

29. Juli 2020

ちょっと疲れましたね。 自分が自分の居場所でない時間が続くと、消耗する。 仕事をすることもそうだし、人に会うこともそうだけれど、 何か別のこと、別の人で占められている時間や交流する時間が続きすぎると、 クリーニングする必要がある。 明日、明後日はお休み。 ブログもお休み。

28. Juli 2020 II

「あなたにこういう話をして申し訳ないのだけれども。でも率直に言うとこうなんだよ。あなたならわかると思うんだ」 と言われて、経済、政治、外交、日本という国、日本の人のこれからの世界における立ち位置のようなものをヨーロッパの企業や政治家がどう見ているか、という話を聞く。 彼自身の経験から思うことなども。 ここには書けないことばかりだけれども、極めて辛辣で、なかなかにダメージを受けて、近所のカフェから休み休み帰宅する。 こういう話を聞かされる時の私の立ち位置とはどういうものなのだろう。 日本人だと思っていないのだろうか。 自分自身でも自分の立ち位置がよくわからなくなる。 日本人として聞く自分もいるし、そうでない自分として聞く自分もいる。 そうでないとはなんだろう。 彼はウィーンに住んでいるのだそう。 オフィス兼自宅。 つまりは、うちから10秒の距離に住んでいる。 奥様もある国の名誉領事をしていると言う。 大体のところとは繋がれるから、何かあったらいつでも連絡して、と言われるけれども、きっとこれまでも街のどこかですれ違っていただろうし、これからもすれ違うでしょう。 話の仕方に無駄がなくて、なおかつ話の聞き方が安定していて、なるほどな、と思った。 あまり聞きたくなかったタイプのウィーン・フィルの話も聞いてしまう。 そういうことなのかもしれないけれど、私にはわからない。 聞くべきではなかったことも聞いてしまう。 私が知ってよかったことだろうか、と思う。 だから、噂話のようなことがとても苦手。 なんの意見も持てないのに秘密が増えてしまう。 夜は雷に大雨。 こんな天気だから気持ちが落ち込むのか

28. Juli 2020

8月までカウントダウン。 日本からの荷物はなかなか届かないのかもしれない。 私の楽しみなものがあれやこれや詰まっている荷物。 今日も穏やかな良い一日に。

27. Juli 2020 II

室温で保管していた里芋にカビが生えてしまっていたので、お味噌汁にすべく皮を厚目に剥いたら、可愛い顔が現れた。 何だろう、この可愛らしさ。 しばし眺める。 卵もないのは問題だと夕方にスーパーに出かける。 その道すがら、何か心の栄養となるものを買おう、薔薇のシロップを買おうと決めていたのに、そういうものは全て買い忘れて帰ってきた。 美味しいレーズンやアイスクリーム、モッツァレラチーズも買い忘れた。 桃があったら桃をと思っていたのに、なぜかメロンを買ってきた。 外からパイプオルガンの音色が聞こえてくる。 それと階下のおばあさんのテレビの音。 やはり耳が少し遠くなってしまったのだろうと思う。 お散歩に出かけるときに出会うと嬉しいので、お元気でいて欲しい。 明日会う名誉領事のウィーンのオフィスは自宅から歩いて10秒だった。 こんなことってあるのだな。 大使館の方からは完璧なビジネスマンだと伺っているけれども、どんな関係が日本とあるのかが気になる。 勉強させていただきましょう。 今日も良い一日でした。

27. Juli 2020

人生の旅。 今はなぜか集中力だとか情熱が揺れやすいけれども、やはり来年に控えていることが大きいので頑張りたい。 ゲーテもこう言っています: 生きている間は、何事も延期するな。 汝の一生は、実行また実行であれ。 2020年のこれから: 8月 ・8月締め切りの原稿1本 ・展示の構成を決める ・コレクション整理(2週間) ・晴明の翻訳を完成させる 9月 ・晴明校了 ・ベルリンで調査(希望) ・博士論文に手を入れる、書き足すことを始める 10月 ・10月締め切りの論文1本 ・晴明出版 11月 ・プロジェクトを軌道に乗せる ・ドイツ語のもう一冊の本に着手(希望) 12月 ・青木の伝記のドイツ語訳を終える ・共編の本を終える 2021年 3月 ・青木の本の他の部分の原稿を終える ・共編の本の校了・出版 ・博士論文の再出版 6月 ・青木校了・出版 ・パネル入稿 8月 ・展示 9月 ・展示 ・もう一冊のドイツ語の本を終える(希望) 10月 ・大学の仕事 11月 ・もう一冊のドイツ語の本校了・出版(希望) ・展示 12月 ・展示 去年の春に日本の小学校で講演をさせていただいたけれども、来年は、こちらの小学校でも講演させていただく機会があるといいな。 晴明について話してみたい。 子供の教育に従事すること。 途上国の教育に従事すること。 スペイン語、フランス語、中国語もある程度は話せるようにしておきたい。 生きられたら、60歳くらいまでは今と変わらない感じで動けるとは思うから、 あと20年だと思って、仕事をしたい。 明るく、楽しく、軽やかに。 今日も穏やかな良い一日にしましょう。

26. Juli 2020

元気が出ないので、夕方に友人に来てもらう。 映画の魔女の宅急便のトンボみたいな服装で出迎えて、笑われる。 スーパーに行く気力もなかったので、あるものでなんとなくごはんを作る。 卵が2個しかなかったので、牛乳を足して、だし巻き卵を作る。 そのあとにスモークサーモンを少し良いお皿に盛り付けて、 最後に納豆ごはん。 流石に酷すぎるのだけれど、こんな風に順番に出すと、なんとなく懐石料理っぽいね、と友人と笑う。 お味噌汁すら作る気力がなくて、ごめんね、と言いながら。 話したことは、蒲鉾の作り方、ナルトの由来、お蕎麦の打ち方、関西と関東のお醤油の違い、好きなおうどんの硬さについて、奈良時代からあった道後温泉や有馬温泉について、日本書紀に出てくる温泉について。 元気が出ないのは、大きな仕事が続くからだろうな。 私にとっての気分転換の選択肢がことごとく失われているので、休むことが難しくなってきている。 下に住むおばあさんの家から何かのオペラが聞こえてくる。 窓を開けては眠れないくらいに音が大きくて、笑ってしまう。 もしかすると、少し耳が遠くなられたのかもしれない。 一日4回一緒に住む犬とお散歩に出かける元気なおばあさん。 歯科医師だった人で、今は息子さんが継いでいて、昨年、この建物の中庭で開業何周年かの記念パーティーが行われた。 ある方から手紙をもらう夢を見た。 出せなかったという沢山の手紙。 夢は、どう解釈するのが正しいのかわからないけれども、元気でいてくれたら、それが一番。 大人になると何をどう始めるのが良いのか、そもそも始められることなのかすら知るすべもない。 難しいのだな。 ベッドは前

Beethoven

午後からどこに行こうと考えて、国立図書館のベートーヴェンの展示へ。 ボンのベートーヴェン・ハウスで見たことのあるイラストも展示されていて、懐かしかった。 考えてみると、ボンで暮らしていた頃も、ちょっとしんどいなあ、と思った時にベートーヴェン・ハウスに出かけていた。 ベートーヴェンはウィーンに35年暮らす間に40回引越しをしていたらしい。 相当に気難しい人物であったことが展示での解説からもわかったけれども、そんな人が、なぜ身分違いの恋愛ばかりを繰り返したのかしら。 ある熱烈な恋文のファクシミリが展示されていた。 弟子のツェルニーに朝食を一緒に、という内容の手紙を書き送っていて、その手紙も展示されていたのだけれども、初めてベートーヴェンのユーモアのある文章を目にして、もっとこういうなんでもない彼の手紙を読んでみたいと思った。 図録が読み応えがありそうだったので、購入。 それからオークションハウスを久しぶりに覗いて、少しだけお花を包んでもらって帰宅。 私には珍しい感じの甘い色合いの小さな花束を作ってもらう。 気持ちがちょっと疲れているのだな。 優しいものに心が惹かれる。 知らない番号から携帯に電話が入る。 取り損ねて、折り返したけれども、その後の連絡がない。 どなたでしょう。

25. Juli 2020

マーガレットハウエル。 素材的に同じ季節には着れないだろうけれども、この上下の雰囲気が好き。 パンツの丈はくるぶしが出るくらいなので、レザーの白のコンバースも合わせても、オレンジや黒のレースアップシューズを合わせても可愛いだろうな、と思う。 今年の秋冬はセーターを一枚新調したい。 パリは治安がすっかり悪くなり、怖くてあまり行きたい場所ではなくなってしまったのだけれども、秋冬のパリ、ロンドンの街を歩くのが好きで、よく行っていた。 秋冬に一人で街を歩くときのちょっと寂しい感じが良いのよね。 今は、sensualityを刺激する何かの豊かさに心をどっぷりと浸からせたい気持ちがある。 普段は、何かがたっぷりとした状態よりは、何かが少し欠乏しているくらいの方が楽なのだけれども、 今はひび割れたところを補修したいような感じ。 今日は夕方から約束があるけれども、それまで自分とデートしますかね。 今日も穏やかな良い1日に。

efficacy

驚くほどの低空飛行を続けていたら、大好きな方から電話がかかってきた。 「ご無沙汰してしまっていて、ごめんなさいね。お元気?ねえ、お食事をご一緒しましょうよ。あなたに会いたいわ」 「是非。私もお会いしたいなと思っていたんです。来週のご都合はいかがですか」 その方のおかげで、ふわっと戻れた。 いつも、まっすぐにあなたに会いたいと言ってくださることがとても嬉しい。 人の噂話や自分のことを聞かれることが苦手で、テーマを持って話せる人としか仕事以外では会いたいとは思えないところがある。 そのために気楽に会える人というのはどうしても限られてしまう。 最近、ちょっと人の話を聞きすぎたり、悲しいニュースが続いたり、思いも寄らない他所様のご家庭の問題に関係してしまって、それらにより凹んだところを隠しながら安定させようとしていたために低空飛行になってしまっていたのだな、と気づく。 基本的に映画も負担に感じやすいので観れないし、歌詞がある歌をなんとなくは聴けないくらいには弱いところがあって、日常生活を送るだけで自分のキャパシティーは十分に使ってしまっている。 感動なら良いのだけれども、おおよそ全ての感情が悲しみに変換されやすいので、悲しみが溜まりやすい。 だからこそ、resilienceに気をつけているのだけれども。 と書いていたら、あるところの名誉領事と来週、会うことになった。 彼のウィーンのオフィスが私の自宅から目と鼻の先にあり、近所のカフェで会うことを決める。 あるプロジェクトに関する相談。 幅広いネットワークを持っていて、いろいろなことのコーディネートが得意なビジネスマンだからぜひ会うように

24. Juli 2020

2時半くらいから起きている。 長らく売り切れになってしまっていて、改訂増補で出版したい博士論文のことを考える。 昨日、ずっと考えていたことも合わせて考える。 今、惰性で続けていることのなかに、すごく「違う」ことが含まれていて、 そのことにはもう全く興味が持てなくなってしまっていることについても考える。 ある方から相談を受けているコレクションを相続する話についても考える。 自分のコレクションとして考えたら、私はどうしたいだろう。 サポートする立場だと、やはりその方の意志を尊重するので、完全な自分ごととしては考えられないのだけれども、もしも、私が自分のコレクションとして譲り受けるなら、どんなアイディアを出せるだろうか。 あるご家族の問題については、これ以上はできないことを正式に伝える。 自宅のベッドの中で寝転がって考えるのではなく、 ペンを片手に机に向かって考えるのでもなく、 空港やアマン東京のラウンジあたりで考えたいことばかり。 東京の大人の空間が恋しい。 日本の温泉旅館も恋しい。 ちょっと深呼吸できるような夜の時間を過ごしたい。 現実的なことを考えるにしても、いくらでもイメージを膨らませることのできる、あるいは集中して妄想を繰り広げることのできる非日常の空間と時間が必要。 今日が特別な人にも、そうでない人にも穏やかな良い1日となりますように。

23. Juli 2020

普段、朝の3時か4時に起きて、少し仕事をして、二度寝するかランニングに出るのだけれども、今日はそのいずれもしなかった日。 自宅の前の建物の工事による日中の騒音がなかなか大変で、かといって、今は気軽に文書館や図書館にも出かけられないので、朝のこの静寂がありがたくて、しばし考えごとをする。 写真は、St. Ives. バーバラ・ヘップワースのアトリエがある町。 そのアトリエを訪れてみたくて、ランズエンドからバスに乗って向かったのだった。 日本だと彼女の作品は箱根の彫刻の森美術館に常設展示されている。 高校生の頃によく通って、いつかアトリエを訪れたいと思っていたのよね。 私がもし先生に出会わず、先生と仕事をしていなかったら、糸が切れた凧のようにただ、ただ旅をする人生を送っていた可能性がある。 生計が立てられていたかどうかは別として、旅行作家として暮らしていたかもしれない。 執筆言語は英語だっただろう。 地球上から姿を消してしまう前に、精霊信仰が今も生き続ける土地を旅して、記録を残すような仕事をしていたような気がする。 根っからの遊牧民族なのだな。 サーミ博物館を訪れるべく、イナリにも出かけたけれども、自分の感覚にとても近い世界観が展開されていた。 今の世界で母国の外を移動し続けるには、現実問題としてビザのことをクリアする必要があるけれども、生き方としては一箇所に止まらないことが自分にはぴったりだという気がする。 なぜか、そう思うたびに、全く違った方向に引き上げてもらう。 出会う人に社会的な力があったり、私にとっての特別な魅力があって、ぐいぐいと引っ張りあげてもらったり、その人から何か

22. Juli 2020 II

お昼にホワイトソースが食べたくなり、ほうれん草、玉ねぎ、チキン、ペンネのグラタンを作る。 夕方に友人が来て、ネイルをしてあげる。 私は白ワイン、友人は獺祭。 日本屋さんで買ってきたキムチをおつまみにあれこれ話す。 19世紀のドレスのカタログを見ていて、肌の露出が極端に少ないことがやはり印象的だったので、そのことについて話す。 オーストリアの民族衣装も今はかなり胸元が強調されたデザインの印象があるけれども、昔はそこまで広く開いていなかったそう。 肌の露出が増えていったのは、20世紀のアメリカのハリウッドスターの影響ではないかと友人は話していた。 肌の露出は宗教の問題とも関係しているけれど、昔は端的に言えば、身体を見せるような洋服は家での洋服で、外に出て行く時は身体はできるだけ隠していたのよね。 日本も同じ。 これからどんどん服装はカジュアルになるのだろうけれど、だったらもう何も着ていなくても、みたいな方向に進めば、中々に滑稽だと思う。 しかし、新聞には女性の半数がすでにブラジャーをつけていないと書かれていた。 ドレスなどではつけないデザインの方が良いものもあるけれど、そういうことではなしにつけないらしい。 つけないと加齢とともにあっという間に下垂するけれども、どうでも良いみたい。 時代は、コルセットからコルセットなし、さらには下着を身につけない方向に進んでいる。 合理的でなければないほど良い深さの生まれる世界というものもあるのだけどな、と思いつつ。 ちなみに男性のファッションで一番好きなのはイギリス。 コリン・ファース氏のスーツ姿は素敵だな、と思う(写真は、映画「キングスマン」よ

22. Juli 2020

朝のランニング。 3枚目の写真は、昨日の夕焼け。 今日も穏やかな良い1日に。

21. Juli 2020

朝は寝坊して、ランニングに出られなかったので、午後から日光浴へ。 大好きなベートーヴェンの散歩道。 三つ並んでいるベンチの一つに座っていたら、二人のおばあさんがやってきて、それぞれに別のベンチに座った。 思い思いに時間を過ごす。 私はといえば、ノートに思いついたことをつらつらと書きなぐる。 家にいるよりも、この場所の方が自分と繋がりやすい。 蝶々がふわふわと飛んでいて、長閑。 前を歩いて行く人が挨拶してくれる。 だいぶ長いこと座っていて、帰るときにそれぞれのおばあさんに御機嫌ようと挨拶をしたら、にっこり笑ってくれた。 未来。 私にはまあまあ大きな目標がある。 あと4、5年で達成したいこと。 ここから先に深くつながる人とは、同じ目標を見ることができるといいな。 教育のこと。 子供のこと。 力をつけましょう。 まだまだ、頑張れる。 今、会えない人よ。 どうか無理をせず、身体に気をつけて、穏やかに暮らせていますように。 それぞれの持ち場でそれぞれに未来を創るべく、工夫することを楽しめますように。 いつか、また会える日まで。 今日も良い1日でした。

20. Juli 2020 II

日本屋さんへの通り道で見つけた文房具屋さんにて、ウィリアム・モリスの紙袋と優しい色合いのマーカーとファイルを購入する。 昔から気に入った文房具を買うと、勉強が楽しくなる。 紙袋は、誰かにプレゼントを贈る機会があったら使いたい。 ピンク色に今はとても惹かれる。 ちょっと疲れているのでしょうね。 亡くなられた俳優さんのことは、キンキーブーツでしか知らなかったのだけれど、動画で拝見した彼のローラに随分と魅了されたし励まされた。 素晴らしい俳優さんだったと思う。 それだけに思いもよらず、ひどく落ち込んだ。 落ち込んだ挙句四十肩なのか、なんなのかわからないけれども、右腕が上がらなくなってしまった。 痛い。 自分を大事にしたいものです。 自分の望む暮らし、人間関係、時間の過ごし方、これからの人生の行く先。 それらを大事にしてくれない人とは付き合う必要はないと思う。 恋愛や友情もそうだけれど、相性や価値観がずれていたら一緒にいても自動的に不幸になるだけ。 一緒にいるのは、お互いにお互いを大事にできる関係性にある人だけで良い。 嫌なことをする人だな、と思ったら、我慢しないで離れたい。 安心感。 やっぱり猫の気持ちになった時に好きだと思える人たちとだけ一緒にいたいものだな。 今夜はそれらのことについて穏やかに考えたい。 今日も良い一日でした。

20. Juli 2020

朝のランニング。 夏休みに入っている人も多いみたい。 今日も穏やかな良い1日に。

19. Juli 2020 II

元気が出ないな、とうなだれながら、日曜日も開いているスーパーにメガネのまま出かけていく。 鯖の燻製を食べたい、イギリスでよく食べていたあれ、と思ったら、あった。 ハーブバターとセットになっているもの。 野菜や果物、チーズ、お魚を買い込んで、帰宅。 セロリを買い忘れた。 旅行ができるようになったら、また北欧を旅して回りたいな。 この間、ノルウェーには行く機会があったから、2週間ぐらいかけてデンマーク、スウェーデン、フィンランドを回りたい。 写真は、19世紀のドレスのカタログ。 美しいのです。 着てみたいなあ。

19. Juli 2020

自分をもうちょっと生きてみてもよかったな、と少しでも思うかもしれない間は、自分を捨ててしまわないように。 それしか思いつかない。 ここ最近は、みんなちょっと辛いのではないかな。 辛さの原因は、やはり人との距離感が変わったことにあると思う。 良くも悪くも人の間で誤魔化せていた自分の中の何かに集中して目を向けざるを得なくなってしまうこともあるかもしれない。 向き合うというと良いことの感じがするけれど、静止した状態で一心不乱に狭い視野で物事を見つめることで物事の本質に近づけるかというとそうでもない。 物事は、分母の大きさでいくらでも答えが変わる。 心や身体に大きな余裕があれば、大抵の物事は取るに足りないことになるだろうけれど、 心や身体が疲弊していて、何にも耐えられるような状態でなければ、なんでもない物事にもひっくり返ってしまう。 ストイックに思い詰めるというのは、この分母が小さい状態のことを指すように思う。 こんな状態だと悲観的観測以上のことができない。 世界は本当はミラクルに満ちていて、未来などいくらでも予測を超えてくるものだけれど、自力で頑張って成果をあげている人ほど、このミラクルが見えてこないのかもしれない。 自転車のペダルを漕ぐから前に進むというのは確かなのだけれども、 人生では、ペダルを漕げなくて休んでいたら、車で誰かが拾ってくれたりとか、そんなことも起きる。 何もかも自力でなくていいし、何もかも把握していなくてもいいし、知っていなくてもいい。 お風呂に入っている時のような無防備な理由のない安心感が心の底に流れているとやり過ごすということもできる。 私は大丈夫だという感覚

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