Mai

5月。 色々と大きな変化が起きそうだなあ、とだけ思う。 みんなそれぞれに新しいところへ出るようなイメージ。 終わりは始まり。 部屋はぐんぐんと今の自分に合っている空間になってきた。 なぜ、我慢してきたのでしょう。 自分が当たり前のように入っていた檻のようなもの。 律儀に守ってきた過去との連続、社会との繋がり。 自分でいればいい。 自宅は自分の居場所。 静かな世界が好き。 美しいものが好き。 そもそも一度深く愛情を傾けて、自分の中に居場所ができた対象を消費することはない。 持ち物でも何でもそうなのだから、自分の中に居場所を作れないものと暮らせないことは当然のことのように思う。 明日は祝日。 ちょっと早いけれども、今日も良い一日でした。

30. April 2020

額縁の細部を眺めるのが好き。 精巧な作りの額縁は芸術品だと思う。 一人ではどうにもできないことがあるので、来週、管理人さんに手伝ってもらうことに。 明日から外出制限が段階的に解除される。 窓の外からは人の会話が聞こえるようになった。 そのことは嬉しいのだけれども、私自身は、どこか明るい気持ちにはなれない。 ウイルスがなくなったわけでも、ワクチンが開発されたわけでもないので、本当は何も変わってはいないということや、元には戻っていない日常の一部の欠落に適応しきれていない。 自宅待機という非日常の時間が終わり、新たな日常に漕ぎ出すのだけれども、どう考えて良いのかわからないこともある。 何が終わって、何が始まるのか、それに対して自分はどうするべきなのか、方針を整理したい。 今日も穏やかな良い一日に。

fröhlich

今日の美しいもの。 音楽を奏でたり、踊っている幸せそうな人々がぐるりと。 生かされている間は、日々を慈しんで穏やかに過ごしたい。 麗らかに。 今日も良い一日でした。

29. April 2020

今朝の音楽。 この曲は、ヴァイオリンよりもチェロで演奏している方が好き。 今日も今日とて片付け。 雨がずっと降っていなくて、農家の方は大変なことになっている。 今日は曇りのようだけれども、雨が降ると良いなあ、と思いつつ。 今日も穏やかな良い一日に。

new me

好きな額縁の一つ。 もちろん、絵も好きなのだけれども。 まだまだ、まだまだ大変な作業は続くけれども、気持ちが良い。 この部屋の感じは、今の自分にとても合っていると思う。 疲れてばったりとお昼寝を。

"Ob-La-Di, Ob-La-Da"

Ob la di, ob-la-da, life goes on, bra La-la, how the life goes on 子供の頃、この歌が好きだったな。 家がただ、ただ荒れる一方だけれども、出現しつつある新しい形もあって、やはり大きく変えることに着手して良かったなあ、と思う。 今日は本棚を修理して、壁に絵を飾った。 私の好きな額縁の絵。 これから机を一つ解体する。 しかし、右肩が上がらなくなってきた。 野球のピッチャーみたいだなあ、と思いつつ。 疲れが出てきたので、トマトを1パック使ったスパゲティを夕食に。 もう一踏ん張り。 楽しい。

27. April 2020

19世紀初期のウィーンの彩色石版画。 シュテファン大聖堂や王宮の位置関係からも、ここが現在のどのあたりなのか、いまいちつかめず。 この塔のようなものは、今はもうないはず。 どこでしょう。 でも、人々の往来を眺めていると、よく利用されていた道であることがわかるし、この道をベートーヴェンも馬車で走ったかな、など想像するのが楽しい。 今日も穏やかな良い一日に。 追記: 知り合いの詳しい方に写真を送ってみたら、すぐに判明しました。 この石版画は、コールマルクト(Kohlmarkt)の今のデメルの前にあった出版社・本屋さん(Artaria Verlag、1770年創業)で作られたもの。 楽譜の出版社として有名で、ハイドンやモーツァルトの楽譜の出版権を獲得していたそうです。 ベートーヴェンの初期の作品の楽譜も出版していたそうですが、のちに激しい係争関係に。 今は、その出版社があった場所にプラダが入っているのかな。 石版画に見える通りは、Triester Straße。 ウィーンとバーデンを繋ぐ道で、グラーツを経由してトリエステに出る道だったそうです(だから、Triester Straße)。 そして、ベートーヴェンがバーデンの温泉に馬車で向かう時にいつも通っていた道だそうです:-) この塔もまだ残っているそうです。 外出制限が解かれたら、訪れたい。

"All you need is love"

本棚まで一人で移動させていたら、右肩が上がらなくなる。 巨大な辞書も複数あって、やたらと思い貴重書の類などもあり、右腕全体がちょっと大変な感じ。 でも、気持ちは良い。 週末では終わらず、おそらく1週間かかるけれど、外出制限が解かれるまでの時間を家の中での引越しに費やそう。

26. April 2020

今日も今日とて、朝から家の中での大移動。 おそらく、外出制限が出るまで、日々の優先順位のトップには当たり前のように仕事があって、大きな変化を起こす気力がなかったのだと思う。 でも、自宅に缶詰になっている間に充電が完了した。 そして、当たり前のように回っていた日常が停止して、これから再び日常に戻ることを考えたときに、以前の日常に戻りたいとは思わなかったことが大きい。 もともと変えたい気持ちがあったのだろう。 変えたい気持ちに自覚的になり、変える気力もある今がその時なのだと思い、改革に着手。 本棚から本を抜き、自分にとって大事な本にスペースを与える。 入れたくないものは、もう大事ではないということ。 食器も食器棚から一度全て抜いて、並べなおす。 入れたくないものは、もう大事ではないということ。 洋服も一度全てクローゼットから出して、大事な洋服から収める。 入れたくないものは、もう大事ではないということ。 お預かりしている美術品も所有者の了解を得て、見えるところに置く。 過去と連続している自分でい続ける必要はないのよね。 これからの自分を始めたらいい。 その自分に合っている住環境に整える。 気力も体力も要る作業だけれども、引越しだと思って頑張ろう。 今日も穏やかな良い一日に。

Umzug

大掃除というより、引っ越しレベルの物の移動を始めてしまい、大変なことに。 書庫も合わせると、本の数がとにかく多くて、これは筋肉痛になりそう。 そして、物を移動させると、自分のバランスも変わるので、とても大きな変化を感じる。 長年のモヤモヤが解消されてゆく。 こんなことなら、もっと早くに始めればよかったのにね。 でも、あらゆることは「今がその時」。 いつでも、動いた今日の自分を応援したい。 写真は、私が持っているスーツの中でも一番男性的なスーツのタグ。 フォックスブラザーズのサマーウールで作られたマーガレットハウエルのパンツスーツ。 これにチャーチのレースアップシューズを合わせる。 なぜか、紳士用のファッションアイテムに憧れがある。 お預かりしている美術品などの確認も始めたら、ますますカオスになってきたけれども、破壊の後には再生が待っているということで。 部屋が大いに荒れているけれども、頑張ろう。

25. April 2020

ワクチンが開発されたら、以前の人との距離感を基礎にした社会活動に戻れるのかな、ということを考える。 一番気になっているのは、室内での大規模興行が何を条件に再開されるのかということ。 音楽、舞台などの芸術は今後どのように行われることになるのだろう。 今回のウイルスの怖いところは、無自覚感染者が圧倒的に多いにも関わらず、一部の人たちが短期間で死に至るところにあるように思う。 この全体の構造を当事者として捉えることができるか、できないかで行動が変わる。 当事者として考えられる物事の範囲は、人によって異なる。 政府の介入のあり方や施策を見ると、ヨーロッパは、当事者として考えることのできない人たちの行動を牽制したと考えられる。 外出制限を発令することで、医療体制の崩壊を防ぎ、国民全体を守る。 けれども、主に経済活動において国民の自由の権利に抵触することになるから補償をする。 とりわけメルケルさんの演説では、この権利に抵触することに極めて自覚的な発言が見られた。 ウィーンでは昨日、マスク着用の義務に対して反対するデモがあった。 要は、施策の「強行」への反発なのだけれど、彼らのような層も取り込まなければ、感染が広がっていた可能性はあるし、今後も広がる可能性は高い。 民主主義における自由と平等の問題だけれど、このことも今後課題となるのだろう。 日本は、自粛を要請することで、国民の自由の権利と補償の範囲のバランスを取っているとも考えられる。 政府の施策が不透明であるところに大きな問題があるけれど、手続きとしては一番民主的であるようにも思う。 それだけにこのような非常事態においても時間がかかりすぎ

24. April 2020

朝の散歩の風景。 そして、昨日お花屋さんで包んでもらった薔薇と名前のわからない不思議なグラデーションのお花。 このキャベツみたいな色合いの薔薇が意外と好き。 最近の散歩の服装。 白のレザーのコンバースはこちらでは売られていないのだけれども、なぜかな。 これは、一月に日本で新調したもの。 くるぶしが出るくらいの丈のネイビーのパンツにコンバースを合わせるのが好き。 仕立ての良いメンズライクなパンツスーツにコンバースを合わせるのも好き。 色々なことが変わっていくだろうなあ、と思いながら歩く。 新しい日常。 私はうるさいこと、うるさくされることがとにかく好きではないので、 私の思う明るさを大事にすることにする。 それは、 場を清らかに保つこと、 風通しを良くすること、 日の当たるところを進むこと、 軽やかであること、 暖かさを保つこと。 北欧に行きたいけれども、しばらくお預けのようなので、いつかの楽しみにとっておこう。 今日も穏やかな良い一日に。

23. April 2020

お昼にこんにゃく。 弟たちのお弁当用によく作っていたもの。 少しだけ油で炒めて、お醤油とお砂糖の濃いめの味付けでさっと煮る。 昨日の夜は、ある方と少し長電話をする。 本の送付状のことで相談したのだけれど、人名の漢字表記のことで電話口ではなかなか伝わらない漢字があって、お互いに大笑いしてしまう。 私はシリアスになれない人間なのだけれど、その方も同じで、真面目な話をしていてもなぜか笑い話になってしまう。 落ち着いたら、お食事をご一緒しましょうね、と約束する日々。 自分にないものを足していくような生き方をやめる時が来たのだと感じる。 何かの時に使えるような道具だとか武器を引き出しに納めてきたけれど、そういったものを捨てて身軽になっても、自分は全く困らないのだと気づく。 足したり、大きく見せたり、うるさくせずとも、確かにあるものに価値がある。 今日も穏やかな良い一日に。

22. April 2020

昨日の夜は、いつもと違うことをしたくなり、ズッキーニとチキンのフライを。 ホイリゲに行きたい気持ちが募ったみたい。 たくさん作りすぎて、そして食べすぎて、今日はお腹が空きません。 ということで、ランチに羊羹を。 友人からいただいたあの特別に美味しい羊羹はまだとっておく。 ラナンキュラスはもうタンポポのようだけれども、3週間咲いてくれた。 花弁が散るまで、見守ろうと思う。 ワインのカタログが届く。 ここの建物に住んでいる人たちの集まりで、ワイナリーを訪れることがあるのだけれども、そのワイナリーから。 知らない葡萄の種類のワインがある。 頼んでみたい。 今日も穏やかな良い一日に。

21. April 2020

外出制限も終わりが見えてきたので、今日からブログはまた一日に一回あるいは不定期に戻します。 日本のことで色々思うことはあるけれども。 既得権益に預かると、恣意的に決定する権利や権力が与えられ、我儘を通せる。 腐敗の構造だけれども、政治に限らず、これが今の、今までの日本の社会の骨格なのではないかと思う。 恥も外聞も気にせずに我儘を通したい欲求と上昇志向が連動した権力志向。 良識、良心のようなものを大事にする人や、科学的、合理的な知性を持つ人の虚無感や徒労感は如何許りかと推察する。 山中先生が批判を覚悟で専門外でも情報を発信し続ける姿勢に、科学者としての矜持を見ている。 芸術や科学への理解や評価と人権や人命に対する意識は比例している。 恥を知る誇り高き大人の成熟した社会へと、 人の尊厳が守られる、住みよい国へと舵が切られますように。

20. April 2020 (3)

午後にお散歩に出て、いつものお花屋さんへ。 色が良く似たチューリップと薔薇を包んでもらう。 今日は、コートも要らないくらいに暖かい。 公園には横になっている人たちもいて、やはり随分と緩んできている気はする。 ウイルスが撲滅されたわけでも、事態が終息したわけでもないから、気の緩ませ方に工夫が必要なのかもしれない。 私自身の何かもチグハグで、こんなに良いお天気の日に外に出て、普通に道で自転車に乗る人やジョギングをする人とすれ違うと白昼夢を見ているような気持ちになる。 少し前まで毎日目にしていたイタリアやスペインの惨状だとか、ロンドンやニューヨークの現状だとかが遠い。 この短い間に大事な人、大事なものを失ってしまった人たちには、日常に積極的に戻ろうとする人たちの仕切り直すような明るさや、この春の長閑さが残酷かもしれないと思う。 時間が経つにつれて、それぞれの状況に応じて、気持ちの上でも人は分断されてゆく。 各国の代表は、今後、今回のこととの向き合い方において、難しい政治的決断を求められるだろうと思う。 先週は蕾だったコデマリが満開に咲いていた。 クルツ首相も少し休めると良いな、と思いつつ。 今日も良い一日でした。

20. April 2020 (2)

まだ三寒四温の日が続くけれども、気分を変えるために衣替え。 と言っても、私が持っている洋服の数はとても少ないので、1時間もかからない。 ショールやセーターのゴミを払って、形を整えて、防虫剤シートを衣装ケースに入れて、終わり。 写真は父方の祖母から譲り受けた手編みのショール。 とても繊細なカシミヤの毛糸でお花の柄に編まれている。 長さが着物にも合いそうな長さで、うっとりするのだけれど、どこかに引っ掛けてしまいそうで、めったに使えない。 私は祖母がこれを使っていたところを見たことがないと思っていたのだけれど、母に確認したら、祖母のお気に入りでよく使っていたのだそう。 長さも厚みもあるものだから、どんな風に巻いていたのかなあ、と想像する。 あるとき急に「これ、奈奈ちゃんにあげる。良いものだよ」と言って、譲ってくれたのだけれど、そんなにお気に入りでよく使っていたものだったということを知らなかったので、譲ってくれた祖母の気持ちを今になって受け取ることになる。 おしゃれにこだわりのある人で、既製の洋服でもちょっとしたところの丈などが気に入らないと、自分で直していた。 お花柄に編まれたこの一点物のショールを女性らしいものとして大事にしていたのだろうなあ、と思う。 しかし、見れば見るほど、気の遠くなる手仕事に見える。 こういう仕事ができる人の心の在り様は憧れるし、尊敬する。 好きな色がいつも同じだなあ、と改めて思う春の薄手のストール。 5年ほど前に購入したもの。 この色合いに一目惚れをして購入したのだけれど、身につけるには色々な点で自分が追いつかないという感じで、ずっと寝かせていたもの。 やっ

20. April 2020

朝、起きた時に頭の中で流れていた音楽: ビートルズのことは何も知らないと思っていたけれど、知っているものだな。 どこかで必ず通る音楽なのだとしたら、やはりビートルズって、すごいなあ。 今年の夏は涼しいと良いな、とちょっと思う。 冷房器具のない住環境では、夏に万一自宅に籠るようなことになったら、別の理由で犠牲者が出てしまう。 窓辺に遊びに来る鳩の写真を載せられないのが残念だけれども、窓越しにうちの中をのぞいている感じだとか、顔の向きが常にシンクロしているところだとかが可愛いのです。 長居するのでもなく、本当にちょっと挨拶に立ち寄ってくれる感じ。 ありがとう。 今日も穏やかな良い一日に。

19. April 2020 (3)

チョコレートムース。 小麦粉を使っていないような感じがするけれど、どうなのかな。 今日はスーパーで野菜やお肉も買えたので、しばらくはまた美味しいご飯を作れます。 スーパーで働いてくれている人たちにも心からの感謝を。 外出制限が出ているなかで働いてくれている人たちというのは、私たちの暮らしの基礎を支えてくれている人たちで、彼らには今回のことを通じて改めて感謝している。 本当に大変だと思うんだよね。 カゴを消毒して手渡してくれるのもありがたかったし、 いつも通り週末の挨拶を交わしてくれるのもありがたかった。 レジに並ぶ列を冗談を飛ばしながらコントロールしてくれたのもありがたかったし、 使ったカゴを戻すのを手伝ってくれたこともありがたかった。 新しい1週間も穏やかな良い1週間に。 今日も良い一日でした。

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