30. Juni 2020 II

明日はある方のところへ。 電話を差し上げると喜んでくださることが嬉しい。 可愛いと形容するのは失礼かもしれないけれども、私のなかでは可愛い人のトップに君臨している。 若い頃はとんでもなく男性に人気があったという話を聞いたけれども、全く驚かない。 私でさえキュンとするもの。 私が恋愛の話をするのはこの方ぐらいなのだけれども(一般的な話)、表現が一つ一つ可愛らしくて、品が良くて好き。 ご主人はさぞかし幸せだっただろうな、と思う。 可愛くて、可愛くて、目に入れても痛くないという感じだったのではないかと想像する。 今日の夕食もメロンと生ハムに白ワイン。 今日も良い1日でした。

30. Juni 2020

朝のランニング。 街中を走って、Burggartenをゴールにしている。 そろそろ距離を伸ばせるかな。 今朝は、そのBurggartenに着くなり、ヒールの靴を脱いで、裸足で歩き始めた女性がいた。 身体にぴったり沿ったラインのワンピースを着ていた人。 国立図書館の裏にあたるところの石は確かに滑るのよね。 わかるな、と思いながらも、小走りで歩いていくその女性がちょっと可愛く見えた。 昨日は、半裸になって捕まっている男性を見た。 近所にあるCDショップの前に警官が5名くらい集まっていた。 暖かくなるとこんな感じの人が出てくるよね、と思ったけれども、もう春どころか夏だ。 今年はやはり外出制限があったからか、春が飛んでいる。 明日から7月。 爽やかな夏になるといい。 仕事は別として、少しゆっくり過ごそう。 今日も穏やかな良い1日を。

29. Juni 2020

今日の夕食。 餃子と獺祭。 餃子の皮は、もちもち、カリカリに焼けた。 仕事の話をしにきた友人に振る舞う。 海辺の街に旅に出て、キッチン付きのお部屋を借りて、お料理をしながら過ごすということをしてみたい。 今日も良い1日でした。

29. Juni 2020

住んでいる建物の天井で見つけたタロットの運命の輪のような模様。 神話をモチーフにしているようなので、可能性はあるのかな。 4時から起きて、仕事を整理する。 今日はランニングはなし。 7時前から家の前の工事が始まった。 今日も穏やかな良い1日に。

28. Juni 2020 II

葉の広がり方さえ美しい。 水回りの掃除を始めたら、自宅で熱中症を起こしそうになる。 暑い。 感染者数は増えているようだけれど、旅行は自由にできるようになるし、マスクはもうみんなしなくなったし、もう少しすると飲食店の従業員の人もフェイス・シールドをつけなくて良くなるようなので、これから一体どうなるのかな、と思う。 早速夏バテになり、食欲がないけれども、何かごはんを作りましょう。 本の仕事、展示の仕事、プロジェクト、新聞のこと、調査、お返事ができていないメール。 しっかりしよう。 教会へ。 シルクの夏のワンピースを買う。 ボタンまで同じ布地で作られているもの。 涼しげ。

28. Juni 2020

朝のランニング。 いつもの木にグリーンの松ぼっくりを発見する。 よく見たら、沢山ついていた。 一つ一つは卵みたいなのだけれど、集まると「もののけ姫」のこだまのようだな、と思う。 高いところにも二つ並んでいるのがわかるかな。 この木の松ぼっくりを一つ欲しいなあ、と周りを見渡すも落ちていなかった。 いつかお願いしますと心の中で唱える。 しかし、本当にすごい生命力だな。 私よりも長生きするのだろうな。 今日も暑くなりそう。 穏やかな良い1日に。

Leben

修士課程の時に使っていたノートを引っ張り出してきて、寝室で考え事をする。 忘れないわ。 中国学で『紅楼夢』について発表する必要があって、クリスマス・お正月休みを返上して全巻読んだのだった。 その時に張り切ってたくさん買ったノートの残り。 この教授にはかなりいじめられていたのだけれども(Prinzessin・お姫様というあだ名をつけられていた)、最後の最後、博士論文の口頭試問で日本学と中国学で審査を受けるにあたり、中国学側では彼に審査をお願いしたら、退官する前日に論文を読み上げて、成績を出してくれたのだった。 そして、なぜか私を下の名前で呼んで、「私の一番の学生だったよ」と言ってくれて、握手をした。 孔子の理想を実際に生きていた人で、ヴァイオリンを弾き、週末はサッカーをして、中国語で詩を書いていた。 ちなみに彼もオーストリアの人だったような気がする。 とても変わった先生だったけれど、一本芯の通っていた人で、退官する前日に1日で論文を読んで、成績を出してくれたことは生涯忘れない。 いろいろなことが今はよくわかる。 起きることは全て必要なことばかり。 あの頃の自分と今の自分を比べると誇張ではなく100倍は強くなったような気がする。 あの頃の方が今よりうんと軽くて、単純で、能力を磨くことにばかり気が取られていたけれども、今の方が世界や人間のことを知っているという感じがする。 とりわけイギリスに住んでいた頃に出会った友人たちの存在が大きい。 私にはチベット、カザフスタン、中国、台湾、韓国、インド、リビア、スコットランド、イングランド、アイルランド、スペイン、アメリカ、カナダ、ドイツ、フラ

27. Juni 2020 II

ザルツブルクのクリスマスマーケットで毎年新調するハーブの枕(顔に載せるとちょうど良い大きさ)。 ボンに住んでいた頃から愛用しているケルンの会社の蜂蜜のボディーローション(とハンドクリーム)。 油分が少なくて、肌への負担が低いのに浸透率が高く、肌がしっとりモチモチする。 使用直後でも紙に指の跡が残らないので、仕事の時は重宝する。 今日のウィーンは気温が高い。 暑い。 その上、ちょっと疲れが出たので、一日静かに過ごす。 昨日、雷を落とした人から再度相談。 今回は希望がはっきりしていたから、手伝うことを約束する。 明日、一肌脱ぎましょう。 資料を今日中にメールで送ってもらうことにして、明日、それに目を通して企画書と手紙を書く。 今回のお礼は、お花では足りないな。 美味しいワインも一本お願いしよう。 今日はとにかく何もしない。 好きなこと、人、もの、音楽、本、旅先、絵画、家具、食器、ファッションのことを考えて過ごす。 オンラインで秋冬用にアイルランドの会社で作られているウールツイルのとても明るい配色のブラックウォッチのロングスカートを購入する。 このスカートにチャーチのレースアップをあわせよう。 発色の良い青色のつま先までの形がエレガントな細身のシューズを持っているのです。 さてさて、引き続き休もう。 今日も良い1日でした。

27. Juni 2020

今日は休む日。 お洗濯以外は、もう何もしないと決める。 昨日、皮膚が剥けてしまった親指にバンドエイドをつけていたら、すでに新しい皮膚ができていた。 皮膚が失われた箇所は少し削れたみたいになって、若干ヒリヒリするけれども、人体の回復力はすごい。 そろそろ7月。 今日も穏やかな良い1日に。

26. Juni 2020 II

相談にきた人に、雷を落とす。 相談というより、人生の大事なことを私に決めて欲しいということだったから、雷を落とした。 実際、外では雷が鳴っていた。 写真は、そのあとの虹。 自分の人生の手綱を人に渡して、誰かが自分のために最適解を示してくれるようなことを期待するのは、一番ダメなことだと思う。 そもそも付け入るスキのようなものを見せて、散々利用されてきた人なのに、なぜ、それを繰り返すのかと雷を落とす。 何かをしようとするときは、自分の信じた道を一人でも進む気概がなければ、初めから諦めているのも同然ではないかな。 本当の仲間というのは、目標に向かって走っているときに道で出会った伴走してくれる人。 寄生して、その人の持っている人間関係やリソース、知識などを利用したり、奪っていくだけの人もいるし、仲間の顔をして、その人の計画をすぐそばで潰す人もいる。 そういう人たちは伴走することはないから、走っていれば仲間かそうでないかはすぐにわかる。 だから、まずは自分で目標を決めて、一人でも走り出さなければどうしようもない。 本人よりその人の人生をよく生きられる人なんていない。 ヨレヨレのまま夕食の準備に取り掛かり、上に跳ね上げるタイプのプラスチックのキャップを開けようとしたら、親指の皮がざっくり剥けてしまった。 どうも皮膚が薄いらしく、なんでもないことで怪我をするのだけれど、これはないなあ、と思いつつ。 休みましょう。 今日、自宅に連れて帰った薔薇4本。 薔薇が一番好き。

26. Juni 2020

寝癖が酷くて、おじさんみたいな頭になっていたけれども、まあいいや、と朝のランニングに出る。 お天気雨が文字通りシャワーのように降る。 私の好きな大きな木は相変わらず新芽をつけていて、その生命力が眩しい。 握手をするような感じで、枝の先にちょっと触れさせてもらう。 走っている間、なぜか頭の中に流れてきたメロディーが宇多田ヒカルさんのこちらの歌。 続いてこちら。 今日も穏やかな良い一日に。

6 months

ランズエンドの日の出。 リスが走り回っていた。 ここから半年は、優先順位を大きく変えると決める。 大事な時間を失ってからでは遅い。 後からどうにでもなることは、後ですればいいし、 縁のある人、あることは、無理に何かしなくても必ず再び巡ってくる。 今ないものは大事ではない。 時間泥棒を一掃する。 あることにおける交渉は一手に引き受けることを決める。 スーツをまた一着買う。 この数ヶ月だけで仕事着をどれだけ新たに買っただろう。 現実を変えるというのは、こういうことでいい。 自分が希望する状態を生み出すための舞台装置にどんどん投資する。 ふさわしいものを手に入れて、希望する状態に近づけてゆく。 メリメリといろいろなことが破壊されていることに気づいているけれども、脱皮だと思って、手を緩めず、どんどん変えていく。 古いものはもう要らない。 連続を生きる必要はない。 今は、希望に焦点を合わせた斬新のとき。

Gastro-Gutschein

ウィーン市からレストランなどでの飲食で使えるクーポンが届く。 一人暮らしの世帯は25ユーロ。 家族で暮らす世帯は(構成数に関係なく?)50ユーロ。 個人情報の観点から住所だけを記載したのだと思うのだけれど、そのために身分証明書との照合が必要ではなくなったため、郵便ポストから盗まれてしまっているらしい。 クーポンに書かれている条件に関する文章に目を通していたら、アルコールには使えないという意味でantiを使っていて、不思議な感じがした。 ラテン語由来の語法かな。 明日が過ぎたら、少しだけ休みましょう。 今日も良い一日でした。

25. Juni 2020

寝坊して、走れず。 新聞よりも早く配達される郵便。 今朝も荷物が二つほど届いた。 慌ててパジャマから洋服に着替える。 なぜ、こんなに朝早くに届くのだろう、と思っていたのだけれど、単純に、すぐ近くに郵便局があり、そこから配達されているからだった。 むしろ、新聞が遅いのかな。 郵便局、UPS、DHL、Amazonいずれも担当者の方が良い感じの人たちばかりでありがたい。 写真は昨日の朝のもの。 今朝は、朝からズッキーニとツナのパスタを作る。 考えてみたら昨日の夜はとても簡単に済ませたのだった。 お腹が空いているわけです。 今週は激動の日々で、昨日からもう金曜日のような気分だったけれども、もう少し頑張りましょう。 あるところの副館長に調査の件で相談をしていたら、ドイツ大使館からメールが入る。 調査に行けないからなのだけれども、恐縮至極。 大きなことを動かすにあたり、自分の中だけで収めなければいけないことが増えていて、 こういう種類の孤独というものはなかなか大変だなと思う。 背筋を伸ばして毎日を生きましょう。 ちょっと誰かに支えてもらいたいような気分にもなるけれども、ここは自分の背骨で。 自分を大きくするもの、強くするものというのはいくつかあるけれど、 私は自分自身に根付いた知性や経験、思考力だけで進みたい。 そして、他者とはお互いに敬意を示す、自立した個人として繋がるだけでいい。 私の単位は個。 今日も穏やかな良い一日に。

24. Juni 2020 II

いつものお店でランチ。 すっかり常連さんの扱いになった。 フレッシュな証拠なのだけれども、西洋ワサビが驚くほど辛くて泣く。 嘘をついている人からメールが届くけれども、ゴミ箱へ即ポイ。 私のこういうところはかなり極端だとは思うけれども、誠意のない人とのコミュニケーションにおけるモヤモヤは百害あって一利なしなので、大抵は絶縁してしまう。 良くも悪くも、したことというのはどこかのタイミングで必ず返るものなので、いつかその人も学べる日が来るでしょう。 筋の通らない行為で失うものは大きい。 夕食後に散歩に出て、アイスを食べる。 今日はコーヒーの味。 ちゃんと苦くて、美味しかった。 今日も良い一日でした。

24. Juni 2020

朝のランニング。 陽に照らされた葉がなんとも言えない美しさで、思わず声に出して美しさを讃えていたら、同じようにランニングをしていた女性がニコッと微笑んでくれた。 MUKのカフェのこの女性を見るたび、高校のスペイン語の教科書を思い出す。 マリア、ホセ、カルロスといった特定の人物が登場する教科書だったのだけれども、同じ人が描いているのではと思うくらいにそっくり。 授業中に集中力が途切れると真似をして描いていた絵だから、よく覚えているのよね。 眉毛をつけ加えたりして。 今日は仕事仲間のプレゼンをアシストする役割で、ある集まりに出席する日。 今日は、その人の名前の日でもあるし、良いスタートが切れるでしょう。 頑張れ。 私はただアシストするだけだけれども、最善は尽くしましょう。 久しぶりにスーツ。 今日も穏やかな良い一日に。

23. Juni 2020 II

夕方、アイスを食べて散歩。 月がぶら下がっているみたいになっていた。 今日の月はとりわけ綺麗。 iPhoneのカメラではこれが限界だけれども。 今日も良い一日でした。

23. Juni 2020

朝のランニング。 シロツメグサが健気。 また、大気の感じが変わったなあ、と思う。 昨日の特別な感じは素晴らしかった。 今日はもう少し日常に戻った感じ。 先生の幼馴染の一人が政治家さんなのだけれども、その人の経歴を調べていたら、その人が会長を務めておられる研究所のHPで、私がお世話になっているドイツの歴史学の先生が一緒に写っている写真が紹介されていた。 縁というものはあるのだなあ、としみじみ思う。 似た者同士というところかな。 近くその政治家さんに会う。 あることに関してご意見を伺う。 今日も穏やかな良い1日に。

22. Juni 2020 II

上が今年。 下が去年。 やはり、育っている。 20本のバラは、なんだか可愛くなってきた。 店頭でちょっと元気がなかったので、数日のうちに廃棄されてしまうだろうな、と思い、連れて帰ってきたバラ。 こういうのを見ると、とても嬉しい。 湯船に浸かっていたら、極小の蜘蛛が浴槽のへりを降りてきて、大丈夫なのかな、と思いつつ、目を閉じていたらば、案の定、水没。 慌ててすくい取るも、私の指の水滴でさえ致死量と思われるぐらいの小ささで、浴槽のヘリに置いた時点で水滴に溺れるようにぺたんこになって、ビクともしない。 さっきまで元気だったのに、と思い、凹む。 しばらくまた目を閉じて、その後に何気なく蜘蛛の方を見やったら、水滴に溺れていた蜘蛛の足がすっくり立体的に立ち上がって、動き出した。 嬉しいやら、蜘蛛の生体を謎に思うやら、不思議に思いながらも、まあ、また家のどこかで会いましょうと見送る。 私はもしかしたら、本当に引っ越すかもしれないな。 私がウィーンの次に好きな街。 週日その街、週末ウィーン。 それもいいな、と思う。 どんな展開でも喜んで。 今日も良い一日でした。

22. Juni 2020

ウィーンで一番好きな木。 指輪をつけることは殆どないのだけれども、この木によく似た指輪を見つけたので、お守りがわりにつけようかな、と考えている。 昨日徹夜したからか、今日はものすごく深く長く眠り、寝坊する。 おかげで頭がスッキリ。 アイディアやイメージをどんどんノートに記録してゆく。 間違えて買ったデッサン用のレフィルは万年筆の裏写りもなく、文字がにじむこともなく快適。 自分の希望とは少しずれたところに良い道があったりするのだな。 扉が閉じたおかげで、自分が進むべき道に出られることもあるし、 なぜ、こんなことを、ということをされたおかげで、自分がすべきことが別にあることを知ることもある。 自分が希望していた方に顔を向けている間は、怒ったり、悲しんだり、絶望したりしそうになるけれど、大抵はその出来事が起きたのと同時に別のところに開いた扉が出現しているから、顔を別の方向に向けるようにする。 すると、本当に見つかるのよね。 あ、これか、みたいな感じの扉が。 そうすると余計な争いもせず、自分がもう必要とはされていない場所に居続けようとすることもなく、身動きが取れない状態で嘆き悲しむこともなく、速やかに自分の乗るべき電車に乗るような感じで、さあっと人生が滑り出す。 人の関係もそう。 本当にちょっとしたところから綻びが生じて、瞬く間に疎遠となることもある。 とりわけ信用が失われた時というのは、結びつきが消えてゆくスピードが本当に早い。 布だったものがほどけて糸になるような感じで、その人とのミーティングポイントとなっていたような場が世界から霧消する。 でも、それでいい。 切磋琢磨できたり、お

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