

31. Mai 2021
白色のダリアと芍薬。 この他には名前を知らない儚げなお花をいただいて帰ってきた。 そして、いつものお店でウィリアム・モリスの箱を入手する。 このお店の店長さんは女性なのだけれど、イギリスや北欧の昔のデザインが好きらしくて、趣味が合う。 なので、新しいものが入荷された時などに、少しだけ長く話す。 今回は玄関のポプリも新しくする。 上の箱には、頂いたお手紙を入れることにする。 管理人さんに晴明の本を送ったら、とても綺麗なドイツ語のお礼状が届いたので、早速。 本をよく読む人なのだけれど、毎回、素晴らしいドイツ語に唸る。 ワクチンを接種したら、体調が悪くなってしまい、自宅療養していると書かれていた。 大丈夫かしら。 下の箱には、何を入れようかな。 いつか、ウィリアム・モリスの壁紙を貼った家で暮らしましょう。 6月から今年が始まるような感じ。 新しい人生の始まりと言っても良いかな。 5月までは、深いところに溜まっていた大きな心の傷の膿を出したり、形にしてこなかった仕事を形にするなど、これまでの人生の精算期のようなところがあって、やたらと過去の出来事に向き合


28. Mai 2021
いつかの。 ワクチンはファイザーで、何の副作用もなかった。 二度目の方が痛いらしいけれども。 あと聞いた話では、O型の人はワクチンの副作用も出にくくて、コロナに罹患しても後遺症が出にくいらしい。 なるほど。 私が尊敬している政治家の人がいて、その話を城主にしたら、お友達だと聞いて、驚く。 大変な時期を過ごしていたのではないかな、と思っていたのだけれど、その大変な時期にその政治家の人が相談していた相手が城主だったとわかり、そうだったんだ、と思う。 先生も好きな政治家の人なので、繋がっているのだな、と思う。 類は友を呼ぶというというのは、こういうことなのでしょう。 色々なことは決まっている。 縁がある人というのは決まっている。 私たちは大らかに、いつもにこやかに過ごしていれば、それで十分なのかもしれない。 魂が決めてきた課題というのは、あるなあ、と思うもの。 誰も、他の人の人生は生きられないということ。 そして、魂の年齢みたいなものが近い人との間にしか深い縁は築けないだろうと思う。 駅に着いて、城主が助手席のドアを開けて待っていてくれていたのに、てっ


27. Mai 2021
いつかの。 なんとか論文を完成させたけれど、疲れ過ぎた。 明らかに寝不足。 それなのにこれから電車に乗って、リンツ市に向かい、午後にはワクチンを受けて、仕事。 大丈夫なのかしら。 疲れ過ぎたので、せめて電車の中では休みたいと思い、大した距離ではないのだけれども、一等車にする。 先生がお昼を差し入れてくれる。 早朝から何も食べていなかったので、ありがたくいただく。 電車の中でしなくてはいけない仕事を印刷する。 最近お気に入りのリンツのホワイトチョコをバッグに忍ばせる。 本当にちょっと休みたいなあ。 と思う今日。


25. Mai 2021
いつかの。 ずっととか絶対ということは、ないのだな、ということを知る。 ターコイズ色が好きで、6年前にスマイソンで購入したあれこれを一生使うのだと思っていたのだけれど、 このベージュ色のお財布やカードケースを眺めていたら、これまで使っていたターコイズ色のものが自分の中で古くなっていたことに気づく。 そのことにとても驚く。 気づいたら、ずれていた。 自分とはもう合わなくなっていた。 合わなくなるというのは、こういう感じなんだ、と思う。 いつの間にか、ずれていた。 自分の中の何が変わったのかはわからないけれど。 もう違うということは、他にもある。 辞めたいなあ、と思うことがある。 この延長線上に未来はないとはっきりと分かっている。 自分に嘘をつかないとなると、どうするかな。 ここから先は、お別れラッシュなのではないかなあ。 本来の自分に戻る。 名刺入れなどを6年ぶりに新調する。 この感じが、私の新しい自分。


23. Mai 2021
いつかのチューリップ。 明日は祝日、明後日、明々後日は休みを取ることにした。 それで何をするかというと、論文。 なので休みではないのだけれど。 仕事の量が尋常ではないのだ。 大切な手紙を書いて4時間、メールに返信していたら4時間というように1日が過ぎていくので、 なんだかもうおかしい。 テトリスに失敗しているような感じで、仕事が蓄積していくと、気持ちの方が参ってしまう。 一つずつ終わらせよう、と思っている間に、どんどん決めないといけないことなどが降ってくるので、 着実に仕事が溜まっている。 スーパーにも出かけていないし、今日は気分転換に掃除機をかけたけれども、そろそろ誰かに家事を代行してほしい感じだなあ、と思いつつ。 色々と大事なことも考える。 人生の手綱はしっかりと握っておきましょう。 今日も良い1日でした。 というか、頑張っていると思う、私。 よく集中できていると思う。


22. Mai 2021
書きたい本が2冊増えて、驚く。 というか、笑ってしまう。 こんなにしんどい日々が続いているのに、仕事への意欲はあるのだなあ。 アイディアだけ、ノートに書き留めておく。 何もしないで良い時間を過ごしたいと思いつつ。 頑張りましょう。 ああ、美味しいごはんを作りたい、食べたい。 今日も良い1日に。


21. Mai 2021
エジンバラ。 住んでいる家の建物の一階がギャラリーなのだけれど、数ヶ月の間、展示をするらしく、今日の夜は、レセプションで賑わっている。 シャンパンを開ける良い音がする。 日常が戻ってきたなあ、という感じ(ただ、こんなふうに集まって良いのかは、わからないけれど・・・)。 私も来週はお城で仕事だし、電車に乗って久しぶりに移動する。 とはいえ、今は論文。 新しい資料を見つけて、楽しいと思ったりもするのだけれど、ただ、ただ時間が足りなくて、しんどい。 本当にちょっと仕事が多すぎる。 働き通しで、頭を使い通し。 その上で企画の仕事などが追加されるので、なかなかしんどい。 休んで、間を開けないと、気持ちが落ちてしまうのよね。 何もしない時間が欲しいと切に思う。 今日の検査技師さんは、私の名前を覚えてくれている人で、少し世間話をした。 良い週末をね。 また、来週、と言って別れる。 早く寝て、また明日の朝から頑張りましょう。 今日も良い1日でした。


20. Mai 2021
エジンバラ。 やらねばならぬ、と思っていたことを遂行する。 手紙。 3時間かかった。 でも、どうなるかわからないな、と思いながら保留にしていても仕方がないので、さっさと挑戦してみるべし。 書き終わったら、ぐったりしたので、コーヒーを淹れて、しばし休憩。 ふう。 これから論文。 今日も穏やかな良い1日に。


19. Mai 2021
朝、目が覚めて、あ、これはいけるな、と思ったので、ノートパソコンを手繰り寄せて、ベッドの中で企画書を書き始める。 体がしゃきっとしないので、湯船に熱いお湯をはり、パジャマのまま仕事部屋に移動して、チョコレートとコーヒーだけ用意して、書き続ける。 気づいたら起きてから4時間経っていたけれど、頭の中のアイディアは全て書き出したので、すっきり。 文章も無駄がなくて良い感じだと思う。 ドイツ語は、読み手の意識を誘導する動線をイメージできると良い文章が書ける。 日本語は、そうでないから不思議。 こんなふうに1日を始められる時は、集中できるということなので、とても調子が良い時なのだけれど(ごはんを食べ損ねるパターンだけれども)、今日は一般的に良い日なのではないかなあ、と思う。 世の中に何か、嬉しいニュースがあるのではないかな。 お祝いできること。 この調子で、少し気の張る手紙も三通書いて、論文もバリバリ書いて、良い1日にしましょう。 今日も穏やかな良い1日に。


18. Mai 2021
エジンバラの家の勉強机。 このアングルポイズのデスクライトは今も使っている。 形が良いんだよね。 寝室の読書用の椅子に座って月を眺める。 何もない部屋で、少し休みたいな、と思いつつ。 深い変容が起きていて、ここからの半年が激動だということはわかるのだけれど、 起きている時間はずっと仕事をしているのが、正直辛い。 今、すべきことを放り出さずに、変わるということはあるのかな。 深く、深く、自分に潜りたい。 眠るのではなく、起きている時に瞑想の状態に入りたい。 頭を考えることに使いすぎていて、疲れすぎている。 今は、あまり考えたくはないのだ。 先生は夏のズボンを買ったのだそう。 これを着て、出かけるのが楽しみ、みたいなことを話していて、可愛いな、と思う。 新しい洋服はいつだって嬉しいよね 足が長くてスタイルが良い上に、よく歩くから背筋がピンとしている。 見習いたいくらい。 一週間ぐらいホテルに住みたい。 それぐらいにはちょっと疲れたな。 休むために集中する。 論文。 頑張りましょう。 今日も良い1日でした。