ふと、マーラーの恋文の一節を思い出して、確認したいと思い、本棚にあるはずの『音楽家の恋文』を探すけれども、見つからず。

せっかくなので、ドイツ語の原本を入手しようと探してみたら、著者クルト・パーレン氏のサイン入りの初版本がベルリンの古書店で売られていたので、注文する。

とても嬉しい。

1959年に刊行された本。


これからはもっと時間を大事にしようと思う。

自分が自分として生きるために。


明日からは「どうなるかわからない12月」(ある方の文章で気に入ったフレーズ)。


今日も良い1日でした。



朝7時のシュテファン大聖堂。

久しぶりに晴れたので、ランニングに出たら、身体の筋肉がさらに衰えていた。


大館工芸社の曲げわっぱのお弁当箱を注文する。

中サイズ。

暖かくなったら、お弁当を持って、どこかに出かけたい。


2021年。

敢えて、こちら。

小沢健二さんの歌詞も詩のようで好き。




お化粧品の整理をする。

もっぱら使っているのは、一番右のボームばかり。

いつかまたマスクをしないで良い時が来るのかな?


以前は、もう少しちゃんとメイクもしていたというか、関心があった。

髪がとても長かったこともある。

あれこれあっての今なのだけれど、女性が自分の女性らしさを大切にできなくなる心境というものがある。

私は、この時間が結構長かった。


誰にでも向ける優しさや善意のようなものが、甘露のように求められてしまうことがある。

それだけ疲れていたり、傷ついていたり、孤独を深めている人が多いのだと思うけれど。


何かをされたわけではない。

でも、適切ではない心の近さで依存されると疲弊する。

あるいは、どのような関係性であっても秘書だとか、何か女性としてのあり方、サポートすること、理解すること、男性を引き立てること、従うことなどを求められると仕事にならない。

「癒し」への期待は、女性のその人らしさの搾取につながっていることが多い。


本来、色々なもの、こと、人に分散して依存していれば良いのだけれど、不自然に生きている人は、よりかかれるものが圧倒的に少ない。

男女として健全に依存し合えるのは、夫婦の関係だけだと思うのだけれど、世の中には、奥さんに対しても本音を言えない男性が多いのだと思う。

そういう人はカウンセリングを受けると良いと思うので、もっと、カウンセリングを受ける環境が整うと良いな、と思いつつ。


結構しんどいな、と思っていたときに椎名林檎さんの歌を聴くようになったのだけれども、

彼女の歌には、どこか女性の女の子らしさのようなものに活力を与えてくれる世界が広がっている。

大人になっても女性が大切にしたい女の子らしさというのは、男性に向けたセクシャルなアピールではなくて、センシュアルな、つまり感受性のことだと思っている。

美しいものを見て、美しいと思うこと、愛しみたいと思うこと。

可愛いと思う気持ち。

自分という花を大切に育てたいと思う気持ち。

命を輝かせたいと思う気持ち。

それが、自分と他者への愛情、博愛につながっている。


男性の中にも女の子はいるのではないのかな、と思う。

それを今よりも大事にできると良いよね。

中原淳一さんの本などを読んでいると、本当にそう思う。

芸術は、博愛を芯に置くもの。


弱さ、強さといった腕力的な尺度で人間を量ることがなくなると良いと思っている。

自分の気持ちにも他者の気持ちにも鈍感で、

なんとなれば、横柄に振る舞って、傷つけることができることを武勇のように考える思考回路がなくなりますように。

価値観の問題なので、なくすことはできるはず。


繊細さ、優しさ、思いやりは品の良さ。

人間を量るなら、品が良い。

これからは、そんな世界へ向かっていきますように。


感受性が強い、繊細で、優しい男性はとても素敵だと思う。

マッチョに偏った男性と癒しを求められて疲弊する女性という構図がなくなり、

優しいもの同士で、お互いの特性を補い合えるような関係を結べる社会となりますように。

男女平等というよりは、博愛の精神がいいな、と思う。


ということを考えながら、晩酌。

白ワインと胡瓜のサラダ。

家にずっといると、朝のウィータビックスとお昼ごはんだけで、お腹が空かないので、夜ごはんが要らない。




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