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19. Juli 2020


自分をもうちょっと生きてみてもよかったな、と少しでも思うかもしれない間は、自分を捨ててしまわないように。

それしか思いつかない。

ここ最近は、みんなちょっと辛いのではないかな。

辛さの原因は、やはり人との距離感が変わったことにあると思う。

良くも悪くも人の間で誤魔化せていた自分の中の何かに集中して目を向けざるを得なくなってしまうこともあるかもしれない。

向き合うというと良いことの感じがするけれど、静止した状態で一心不乱に狭い視野で物事を見つめることで物事の本質に近づけるかというとそうでもない。

物事は、分母の大きさでいくらでも答えが変わる。

心や身体に大きな余裕があれば、大抵の物事は取るに足りないことになるだろうけれど、

心や身体が疲弊していて、何にも耐えられるような状態でなければ、なんでもない物事にもひっくり返ってしまう。

ストイックに思い詰めるというのは、この分母が小さい状態のことを指すように思う。

こんな状態だと悲観的観測以上のことができない。

世界は本当はミラクルに満ちていて、未来などいくらでも予測を超えてくるものだけれど、自力で頑張って成果をあげている人ほど、このミラクルが見えてこないのかもしれない。

自転車のペダルを漕ぐから前に進むというのは確かなのだけれども、

人生では、ペダルを漕げなくて休んでいたら、車で誰かが拾ってくれたりとか、そんなことも起きる。

何もかも自力でなくていいし、何もかも把握していなくてもいいし、知っていなくてもいい。

お風呂に入っている時のような無防備な理由のない安心感が心の底に流れているとやり過ごすということもできる。

私は大丈夫だという感覚。

多かれ少なかれ、それぞれが自分の内に引きこもりやすい環境に置かれているから、

他者に対する心理的距離の問題も強調されやすいだろう。

人との心理的距離が大きい人は、神様でも宇宙でもなんでも良いけれど、自分を委ねられるお湯のような何かが心にあると良いだろうな。

お湯となる対象はなんでも良いから、心をお風呂に入れてあげられると良い。

人間には綺麗な、ちょうど良い暖かさ・温かさが必要。

たった今も、凍えるような冷風を当てる物事や出来事、人のそばにいること、そんな環境で不調をきたしている人がいるなら、ともかく距離を置いて、心をあたためて欲しい。

今日も穏やかな良い1日に。

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