resign oneself to

本当に大きな変化を超えなければいけないような時は、
最果てまで行き、諦観するということがあると思う。
間違った希望を持ち続けることやごまかしが続かなくなるまで、
徹底的に追い詰められるようなことが起きて、
もうだめだな、と観念して、目が覚めた瞬間に次の景色が目の前に広がる。
こういう時って、人生の方から手招きされているんだよね。
この変化を超えられるような体力や気力が残っていない時は、
なんらかの理由で日常から隔離される。
非日常に身を置く時間が与えられて、一回、完全に動きを止められる。
ゼロ地点に立って、ようやく本質が見えてくる。
こういうこと、何度もあったなあ、と思う。
事象としては、resign oneself to なのだけれど、
気分としては、this is it。
マイケルと違って、人生がまだ続くから、次が来るのだけどね。
にしても、世界は狭い。
これまでの仕事でご一緒していた方が、私がこれから手がける本の仕事の関係者と知り合いだった。
まさか繋がっているとは思わなんだ。
あちらも驚いていた。
複数の言語で思考する人と話すと、すごく楽なのだけれど、
昨日は、そういう人ばかりの集まりでものすごく楽しかった。