ひとは、生きていれば、多かれ少なかれ、

自分が自分であるために、

ひとに批難されたり攻撃される悲しさと、

それを避けるために自分を偽って生きる悲しさの、

どちらを選ぶかという選択を迫られる立場に立たされるものだと思うのです。

批難する人が、自分にとって影響力の強い人である場合は、この選択は結構大変だよね。

配偶者、親、上司、教師、同僚、恋人、兄弟・姉妹、友人とかね。

自分を偽って生きる悲しさを選ぶ人は多いと思う。

自分を偽るというのは、自分との問題だから、

他者との問題を抱えるよりは楽だと思って、そこでバランスを取ってしまうんだよね。

でも、本当は、自分との問題の方が厄介なのです。

他者は結局のところ、取り替えが効くの。

取り替えが効かないのは、自分。

生きる上で自己肯定が何より大事なことの理由は、この事実にあるのです。

自分を犠牲にすると、それほど遠くない未来に生きていけなくなる。

それでも、自分を大事にするとか、自己肯定感を高めるということが、

具体的にどういうことか、イメージできないならば。

幸せな気持ちで日々を暮らしていいよと自分に許可を与えてみる。

それでは、どんな状態が自分にとって幸せかと問うてみる。

どんな場所で、どんなひとと一緒にいて、どんなことをして、どんな服を着て、どんな風に暮らしている?

もしも、それが今、自分がいる場所、自分が一緒にいるひとたち、

自分がしていることと違うのならば、変えてみる。

まずは、服やメイク、髪型を変えてみることから始めてみる。

毎日の習慣をこうだといいな、と思うものに少し近づけてみる。

それから、居場所や人間関係、仕事などを変えることを想像してみる。

それらを変えることを想像すると心理的な負担が大きいようだったら、ちょっとだけシフトさせてみる。

変えられない関係性ならば、相手に理解してもらおう、相手を変えようとするよりは、

距離を変えたり、コミュニケーションのあり方を変えることで、まずは自分を守る。

自分を自分で守れる行動を起こせると、

自分を偽らずに生きていくスペースを自分の心と自分の居場所に作れます。

みんな、幸せにね。

自分の本質を発掘して、磨く。

原点に楔を打つ。

本年も大変お世話になりました。

ありがとうございました。

良き新年をお迎えくださいませ。

宮田奈奈

*写真は、イギリスの友人からクリスマスにもらったもの(不思議な感じで上が切れています)。

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